Sweet Halloween
だいたい、大学内だけならまだ我慢できたのよ。それを何が悲しくてこの格好のまま渋谷まで繰り出さなくちゃいけないわけ? うちの大学は、一体何を血迷っているのよ。
梱包で使うエアーパッキンのプチプチを潰すみたいに、こみ上げる不満をプチプチと潰しながら長い列に続いて大学の門を抜けた。
そこから駅に向かい電車へ乗り込むわけだけれど、この人数でこの仮装の大学生が大量に乗り込む事に、JR側は迷惑だとか、大学側は体裁だとかを気にしないものなのだろうか。
乗り込んだ車両はまるで貸し切り状態だし、おどろおどろしい輩が無駄に楽しそうで、ギャップの高低差に萌えどころではない。
今にも悪魔の黒魔法でもかけそうなおどろメイクの魔女が、人のよさそうなハリーポッターに向かって楽しそうに顔を近づけて話をしている姿は突っ込みどころ満載ではないか。
くだらないことを思い観察していたら、渋谷に向かって走っていた電車がいつものタイミングでガタリと大きく揺れた。
渋谷を前にして毎回同じ場所で車体が大きく揺れるのは知っているから、いつもは両足に力を入れて身構えたり、近くのつり革へ掴まったりするのだけれど、普段とは違いすぎるこの状況につい油断をしていた。
仮装を楽しむ周囲に飲み込まれてしまい、揺れに踏ん張りがきかなかったせいで、体が大きく傾き視界も傾く。
倒れるっ!
そう思った瞬間、がっちりとした手がすっと伸びてきた。
「大丈夫か?」
俺様オオカミが、倒れそうになった私の体を支えてくれた。
筋肉質の腕にしがみつくようにしていれば、自分の心臓が瞬時に反応しだす。
ああ。このどさくさに紛れて、ぎゅっと抱きつけばよかった。
なんてことが脳裏をよぎる。
「あ、ありがと」
普段ならこんな風に至近距離に樹の顔が来たら慌てて離れるところだけれど、今日はオオカミに扮しているおかげで、顔が近くても照れずにすむ。
いや、照れてはいるのよ。だけど、ほら。見た目オオカミだし。無駄に牙を見せた口を開けてるしね。
何ならオオカミの目だって、じっと見つめる事だって……。
いや、さすがにそれは無理かな。いくらオオカミだからって、中からこっちを見ているわけだし。うん。
何見てんだよ。なんて又俺様口調で訊かれても困るし。
そんなこんなで実は大好きなオオカミの至近距離にドキドキと妄想を膨らませていたら、すぐそばでは、「うあぁーっ!」という叫び声とともに、裸の大将扮する学生めがけて羊の颯太が倒れ込んでいた。
見ればムチムチ裸体の大将にがっちりと抱きとめられていて、思わず爆笑してしまう。
ごめんなさいっ。すみませんっ。を連呼して、ぺこぺこと謝った颯太は体勢を立て直し、というか大将の抱擁から逃れてそそくさとこちらへ戻ってきた。
「何してんの~」
クスクス笑うと、若干不貞腐れている。
「お前、面白すぎだから。お礼におにぎりでもプレゼントしてやりゃいいのに」
「二人とも面白がりすぎだよ。他人事だと思ってぇ」
ケタケタ笑うオオカミに扮した樹の鼻っ柱を颯太がちょっとだけ怒りながらはたくと、樹は表情も変えずに、と言ってもオオカミの被り物の表情が変わるわけもないのだけれど。牙のたくさん見える口から長い舌をたらした顔のまま、斜めにずれた顔をクイっと直しているのを見てたら電車が渋谷へと着いた。