Sweet Halloween
辿り着いた街は、大学の比じゃないくらいの仮装した輩で溢れかえっていた。
ハロウィンて、子供の行事じゃないの?
Trick or Treat! って近所のお家を訪ねて、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうよ。って行事でしょ。
子供を差し置いて楽しむ大人で溢れる街は、賑やかを通り越して暴動に近い気がする。
仮装行列がスクランブル交差点で、まさにスクランブル状態でわけがわからない。
颯太と並び、余りの凄さに呆然としてしまう。
「凄いね」
「……うん」
呆然と立ち尽くしていた二人の動揺へ、樹が活を入れる。
「はぐれるなよっ」
周囲の喧騒に飲み込まれそうになりながらも、樹がオオカミの被り物の中からくぐもった声で叫んだ。
樹の号令のような叫び声を機に、私たちはこの大量に溢れている有象無象の中へと繰り出していく。本気で怖い仮装の人にぶつかって、「すみません」と謝っているうちに樹はどんどん先を行ってしまう。
「ちょっと、待ってよ」
樹に声をかけてみたけれど、喧騒に負けて届かないみたいだ。樹は、振り返りもしない。
そうこうしているうちに、私の直ぐ後ろにいた羊の颯太が、どっかの骸骨とぶつかって少し離れてしまう。
「颯太っ!」
声を上げると「那智ー」なんて大声で叫んで、何とかそばまでやってくると私のメイド服のスカートを掴む。
普段なら、「そんなに引っ張ったら、見えちゃうでしょっ!」と掴んだ手を払い落とすところだけれど、今そんなことをしたら颯太とはぐれるのは必至だから我慢。
しばらく先の通りでは、ちゃんとした列になって仮装パレードが行われているみたいだけれど、このスクランブル交差点を抜けるまでは揉みくちゃだ。警察もなんとかしようとしているけれど、どうにもなっていない。
「もうっ、だから嫌だったのよ」
喧騒に紛れて愚痴を洩らしたら、聞こえるはずのない私の声を拾い聞いた樹が、いつの間にか近くにいて「今更って言っただろっ」と声を張って私の手をしっかり握った。
行列の方へ向かって歩くための行為だと思っても、不意に繋がった手につい頬が緩む。
こんなに揉みくちゃにされている中なら、正々堂々と手を握れる。
嬉しさを噛みしめていると、気づいた。さっきまで、必死になって私のスカートを握っていた颯太の姿がないんだ。
「颯太がいないっ」
樹に向かって叫ぶと、気にすんなとばかりに手を振る。後でなんとか合流できるだろう、とばかりにいなくなった颯太を気にすることもなく、樹は私の手を引いてずんずん進む。
揉みくちゃにされるのが鬱陶しいのか、樹がヘニャリとなったオオカミの被り物を脱いで、空いた方の手で握りつぶすようにして持った。
「オオカミの鼻が邪魔で仕方ねー」
文句を言っているけれど、どこか楽しそうだ。
樹の表情はずっとオオカミのままでわからなかったけど、本人はこの状況を楽んでいたみたいだ。
それに、やっと樹の顔を見られた私は、颯太のことも忘れて嬉しくなる。
通った鼻筋に、きりりとした二重は少しだけ意地悪そう。一本だけある八重歯が可愛いと思うのは、私のひいき目かな。