忘れたはずの恋
自分のその願掛けが叶ったのか。
その後、近藤さんも藤野君もそれほど動きはなく、私の上下激しく動いていた感情も収まっていった。

気が付けばもうすぐ8月も終わり、という頃に差し掛かっている。
真夏の太陽はいまだにジリジリと照りつけるけれど、夕方以降は少しだけ空気が変わりつつあるような気がする。

それでもその日は蒸し暑く、午後から微妙に黒い色をした雲が現れていた。
夕立があるかもしれない。

「いらっしゃいませ」

後ろにいる総括が立ち上がって通路にいる人に挨拶をしているので私も慌てて立ち上がって挨拶をする。
支社の方と思われる集団の中に良く知っている人物がいた。

…元カレ。

そっか、支社に異動したんだ。
仕事は元々出来る人だったしね。

私は視線を下に向けてゆっくりと椅子に座った。
手が震えて止まらない。

あんな事を言ったけれど、本当は忘れていない。
出来たらもう一度、やり直したいって…どこかに思っている自分がいる。

「吉永さん」

再び後ろから声が聞こえた。

「お茶でも、行きません?」

吉田総括は人差し指を立てて休憩所がある3階を指した。



「まさか、ここに来るとは思いませんでした」

今は皆、配達に出ていて誰もいない休憩所に総括と2人、椅子に腰を掛けていた。

「彼…前の局で一緒でしたので。
実は吉永さんの事もチラッと聞いたことがあって」

そんな話は初耳だわ。

「…基本的には良い人だと思うんですがね。
ただ、押しの強い女性には弱いんですね」

総括はため息をつきながらコーヒーを飲んでいた。

「長年付き合えばマンネリとかあっても仕方がないんですけどね。
遊びが本気になったんでしょうね。相手は年下で従順でしたから…」

と言って慌てて吉田総括は手を横に振った。

「決して、吉永さんが従順じゃないとかそういう事じゃないです」

私は苦笑いをして大丈夫です、と答えた。

「まあ、でも私はね。
吉永さんは彼と結婚しなくて正解だと思っています」

…えっ?

聞こうと思った時に、ああ、ここか、と言う声が聞こえて総括とともに声の主を見つめた。

「久しぶり」

よく知っているその声。

「…どうも」

そう応えるのが精一杯だった。
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