忘れたはずの恋
「どうしましたか?ため息ばかり吐いてますよ」

そう言われて我に返った。

「夏バテかも」

私の苦笑いに吉田総括はホッとしたように笑った。

季節は徐々に秋に向かっている。
カレンダーはいつの間にか9月になっていた。

本当は夏バテでも何でもない。

色々と、悩んでいるんです、総括。
幾度となく相談に乗ってもらいたいと思って、デスクワーク中の総括の後ろに立って声を掛けようとするんだけど。

…言えない。



「俺、大東さんは苦手なんですよね」

数日前、近藤さんに誘われて仕事帰りに食事に行った時。
彼の開口一番がこれで困った。
大東さんの必死な思いを知っている私は何て答えたら良いのか。

「でも、彼女、努力家だし良い子よ?」

「押しが強すぎます」

即答された。

あー…、それはわかるかも。
女の私でも辛い時がある。

「…告白されたんですけど、好きな人がいるからって断りました」

そんな思いつめた顔で私を見ないで。

「俺、吉永さんの事が好きですよ」

ふーん…って。

「私?」

近藤さんは頷く。

「気さくなのに控えめだし。結構好きな人、職場にいるんじゃないですかね?」

「いないわよ」

私のどこがいいの?

そう聞きたいわ。

「もし、付き合っている人がいないなら、俺と付き合ってください」

頭まで下げられた。

「…私、今、そういう気分じゃなくて」

ただでさえ、藤野君にまだ回答していない。
していない、じゃなくて出来そうにない。
これ以上は、無理だわ。

「じゃあ、そういう気分になるまで、待ちます」

あなたもー!?

「それとも」

近藤さんの鋭い目が私を離さない。

「誰か、好きな人でもいるんですか?…藤野、とか?」



思い出すだけで頭が痛い。

「吉永さん」

後ろの席から声が聞こえた。
ゆっくりと振り返る。

「今日、何か予定あります?」

吉田総括がニコニコと私に話しかける。

「いいえ」

「じゃあ、僕と少しだけ、話しません?」

…私、何か悪い事をしたのだろうか?
この間、上げた稟議書、まずかったのかな?
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