忘れたはずの恋
その集団の、一番前。

FUJINO

と背中の文字が輝いているように見える。

周りには今まで一度も勝てていない人がいるのに、昨日の藤野君は一歩も引いていない。

いや、寧ろレースの展開を手中に収めていた。

「さて、幸平の本気を見てみようか」

祥太郎さんは私の頭をクシャっと撫でるとモニターの前に立った。

私もその隣に立つ。

藤野君の細い背中が今日は大きく見えた。

大きく深呼吸をする。

胸のドキドキが段々と激しくなって窒息しそう。

シグナルがオールグリーンになり、けたたましい音とともにマシンが飛び出していく。

1コーナーを最初に入ったのは…

「ホールショットも取ったか!」

ガレージ内が騒然となる。

「この上で見た方がよく見えると思いますよ」

かすかに震えている右手をそっと握られた。

ああ、確か藤野君と同い年の…。

「一緒に行きません?ここじゃあまり全体的な流れが見えないと思うから」

彼女は優しく微笑んだ。



連れて行かれたのはその建物の3階。

「ここからならよく見えると思いますよ!」

彼女、むっちゃんは360度、くるりと回って指を走りゆくマシンと共になぞる。

「あ、幸平君、今日は本当に凄いね~」

むっちゃんの向けた指先に藤野君の姿が見えた。

私もそれを目で追う。

「まあ、幸平君なんて本当はもっと上を狙える実力があるわけだから当然と言えば当然だけど」

彼女は私を見て肩をすくめた。

「去年、不幸な出来事が彼の周りで起こりすぎたのよね~…」

ああ、前に課長たちが言ってたことか。

「でも、これからはきっと大丈夫。もっと上に行けると思う。
…ううん、彼は絶対に上り詰める人なのよ」

むっちゃんの目がキラキラと輝いた。

「……でも、彼女さん、不安そう」

私の顔が赤くなるのがわかる。

だ~か~ら~!!

「彼女じゃないですよ」

「ええっ、どうしてそんなに頑なに拒むんですか?幸平君が“子供”だから?」

そんな悲しそうな顔をして私を見ないでー!!

…本気で叫びたかったけど、そこは我慢。

「…私みたいな年上、藤野君には合わないと思うのです」

その瞬間、目の前のストレートを凄いスピードで彼は走り去って行った。
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