忘れたはずの恋
土曜日の夜。
仕事終わりに開催された藤野の激励会は大勢の人が来てくれた。
もちろん、吉永さんも。

でも。
その隣には近藤君が。
あのしつこさ、仕事にも生かしてほしいよ。

「吉永さん」

隣に来た藤野はか細い声を出す。

「本当はバイク、好きじゃないですよね」

その横顔、恋する少年だよ、藤野。

「きっと、無理をしていますよね。何だか申し訳ない」

相馬課長が吹いた。

「なに言ってるの?まだ何も始まっていないじゃないか。
今の段階で吉永さんがバイク嫌いでも何でもいいの。
藤野がそれを好きに変えてみせたらいいんだから」

藤野は頭を抱える。

「難しい問題ですね」

そう言って苦笑いをした藤野。

僕がその歳で君と同じような事をしていた時。
そんな大人じゃなかった気がする。
ふと、藤野と重ねる僕の…面影。

「若いんだから、もっとぶつかっちゃえよ!」

相馬課長、ナイス!!

遠巻きに吉永さんを見つめていると、彼女は大東さんと近藤君が賑やかに話し始めたのをチラッと見て、席を立つ。

「藤野、今がチャンスだよ」

僕はそう言って肩を叩いた。

「えー…」

顔が赤くなっているぞ!
本当に可愛い奴。

「行け!業務命令だ!」

相馬課長、今日は中々良い動きをしますね。
藤野は渋々立ち上がり、吉永さんの後を追った。

しばらく、相馬課長と雑談をしていると、吉永さんが部屋に入って来た。
座る場所がなくてキョロキョロしているので二人で手を振る。

吉永さんは頷いて僕らのところへ来るとその間に座った。

「お疲れ様です」

相馬課長、ニヤリと笑って

「…藤野と話、出来た?」

吉永さんは目をまん丸くして

「えっ…まあ」

動揺しずぎ。
僕と相馬課長の顔を何度も往復して見ていた。
さてと、僕の出番かな。

「…藤野、吉永さんに気を使わせているんじゃないかってずっと気にしてたよ」

吉永さんは目を丸くしたまま僕の顔を見つめるからフッと笑ってしまった。

「『きっと、バイクなんて全く興味がないのに、無理矢理誘ってしまったかもしれません』って相談に来るんだよ。
見た目はちょっとヤンチャだけど、彼の本性は真面目。
常に周りの事を見ている。
だから吉永さんに謝りたかったんじゃないかな」

そう、藤野は絶対に。
周りへの気配りを忘れない。
まだまだ子供の部分も持っているけれど、本当に素敵な子なんだよ。
吉永さんの事を思うからこそ…。
本当は来てほしいけれど、無理には来てほしくないって思っているんだよ。

吉永さんは俯いてしまった。
…本当は君も、藤野の事が気になるんだろ?
でも、年齢が2人の障害になっている。

「…逆に申し訳ないです」

吉永さんは泣きそうな声を出す。

「私よりずっと年下の彼に気を使わせてしまって」

…それ、僕も言われたことがある。
遠い昔、早希子さんがそう言ったけど、僕は気なんて使っていないと跳ね返したけどね。

「まあ、あの子はそんな環境の中、育ってきてるからね。
人への気遣いは半端じゃないよ」

相馬課長はそう言って、煙草に火を付けた。

「相手に無理強いをさせて傷付けたらどうしようって思っているみたいだよ。
だから本当に無理しているなら止めても…」

「行きます!」

相馬課長の言葉を吉永さんは遮った。

「…観てみたいと思いました。
彼が命を掛ける意気込みで戦うところを。」

「そうこなくっちゃ!」

僕は思わずガッツポーズをして笑った。

よし、行けるぞ、藤野!!
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