忘れたはずの恋
この熱気、懐かしく感じる。
見上げると美しすぎるくらいの青い空が広がっていた。
自分がこの場所で戦っていたあの夏も、こんな空だった。

特に予定がない時は出来るだけ来るようにしている8耐。
今年は相馬課長と吉永さんと3人で来た。
吉永さんには特に、今年は来てほしかった。
きっと、これが彼女の運命を変える出来事になる。
僕と相馬課長の後ろを不安げに付いて来る吉永さん。
振り返ると少し焦ったような表情を浮かべて苦笑いをする。

無理に、連れてきてしまった感はある。
でも、それでも。
きっと、この後の長い人生。
藤野の事を支えてもらえるのは吉永さんだと思うのです。
それは僕の直感、というより経験。
僕が早希子さんを見た時と同じように。
藤野もまた…。

うわ…。

思わず声を上げそうになったのは。
藤野の所属するK-Racingの前。
思ったより人がいた。
元々、そこそこの所帯のチームだ。
ファンも多くて当たり前。

まあ、並んでみるか。

後ろを振り返ると、ぼんやりしていて大丈夫かな?と思う吉永さん。
頼むからはぐれないでくださいね。

「あー!」

ようやく最前列。

その瞬間、藤野の叫び声が聞こえて、こちらを見て手を振る。

「来てくださってありがとうございます!」

そう言って藤野はマシンから降りて深々と頭を下げた。
ハーフパンツから見える細い足。
完璧に鍛え上げられている。
…昔は自分もそうだったなあ、なんて。
少しだけ藤野が羨ましく思う。

相馬課長と藤野が局の誰が来たかで盛り上がっている。
チラッと吉永さんを見ると…。
藤野の足の細さに目を丸くしていた。
普通、こんなに鍛えられている人を間近に見る事はないだろうね。

そうだ!!

「藤野、せっかくだから一緒に写真撮ろう!」

吉永さんと藤野、二人で撮るチャンスだ!!
僕がニコニコして言うと藤野も頷いて

「跨がってみます?」

「「乗りたいー!」」

僕と相馬課長、同時に言ってしまったのを見て藤野はクスクス笑っている。

「どうぞ」

8耐用のマシンに跨るのは、あの事故の前。
もう、何年振りだろうか。
昔と今のマシンは全然違うけれど。
それでも、もし…チャンスがあれば。
もう一度乗りたい。
一度、この高揚感を覚えると中毒みたいに病み付きになってしまう。

「あ、吉田さん…?」

遠くから声が聞こえた。
チラッとその方面を見てみたけれど、誰かわからなかった。
まだ、僕の事を覚えている人はそれなりにいる。

その声に我に返り、僕はマシンから降りた。

もう、これ以上。
思い出してはいけない。
あの時と違って、今乗って万が一のことがあれば失うものの方が多すぎる。

相馬課長も嬉しそうに跨ってから藤野はチラッと吉永さんを見つめる。
…様子、伺っているな?
一度、深呼吸をしてから藤野が口を開く。

「吉永さんもどうぞ」

勇気を出して言ったな!!!
僕がドキドキしてしまうよ。

「えっ…でも」

そう吉永さんが戸惑うのも藤野は予想していたようで

「…大丈夫ですよ。
僕、何なら抱っこして乗せましょうか?」

これには僕も相馬課長も顔を見合わせた。

藤野、頑張ってるじゃないか。
…ここで頑張りすぎて、本番、力を出せないとかは止めてくれよー!!
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