忘れたはずの恋

2.上司の腕の見せ所

遠くで雷の音が聞こえる。
窓の外を見ると急に風が出てきて、これからいよいよ嵐になる、という時。

「いらっしゃいませ」

団体御一行様がいらっしゃったので立ち上がり、挨拶をする。
…その中によく知っている顔があった。
前の席にいる吉永さんが僕の声で慌てて立ち上がり、止まった。

そりゃ、固まるわ。

ぞろぞろと部長席の方に向かう団体様を見送って僕は席に着いた。
吉永さんも席に着く。

肩が震えている。

吉永さんの元カレがその中にいたのだ。

前の局で一緒に仕事をしていた、遠野。

吉永さんとは同期。
彼女とは研修で知り合った、という事も聞いていた。
配属がここの総務だと事も。

ここに僕が転勤して来る前、遠野はもう、同じ局の若い子と付き合っていたから別れた、と思っていたのに。
二股を掛けていたのを偶然、知った。
転勤してから吉永さんと遠野が歩いているのを見かけたんだ。

でも、吉永さんには言えなかった。

その時はそんなに親しくない吉永さんに言う必要もないと思っていたから。

…今は違う。

「吉永さん」

僕が声を掛けると吉永さんは青白い顔でゆっくりと振り返る。

「お茶でも、行きません?」

吉永さんはゆっくりと頷いた。

二人で休憩室の椅子に座って話をする。

随分前から僕が吉永さんと遠野の事を知っていたこと。

僕としては吉永さんが遠野と結婚しなくて良かった、と思っていること。

それを伝えると吉永さんの口が『えっ?』と動いたのが見えた。

大体、押しの強い年下の女の子にちょっと押されたくらいで揺らいでしまうなんて。
結婚したところですぐに離婚してしまう。

そう言おうと思った時に声が聞こえた。

僕はその声の主を無表情で見つめた。

相変わらず、人の心を平気で傷つけようとするんだな。
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