忘れたはずの恋
「お疲れ様でした」

「おう、お疲れー!!」

私は総務部長に頭を下げて駅に向かった。

もう新緑の時期を迎えようとしているけれど夜はまだ冷える。
思わず首をすくめて、腕組みをしながら歩いた。

お酒が入ったせいか少し瞼が重い。
ぼんやりしながら歩いていると前から細いラインが際立つ少年がランニングをしていた。
何かスポーツをしているのかな、なんて思ってふとその少年の顔を見ると。

「あ!」

思わず声を上げた。
その少年は少し首を傾げてこちらを見ながら走ってくる。

「え?」

すれ違いざまに思い出したのだろうか。
その少年は立ち止まって振り返った。
そして私の顔を見つめて一瞬、目を丸くしてすぐに人懐っこい笑顔を見せた。

「お疲れ様です!」

あの、どことなく可愛らしい声が響いた。
そして頭を下げてくる。
…礼儀正しい。

「お疲れ様です」

私もそう返すと彼は頭を上げてまた再びその笑顔を見せた。

「今、帰りですか?」

キラキラと光るその目が私を捉える。

「総務の皆さんが私の送別会をして下さって、それで帰りが今になりました。
藤野君は?」

またあの笑顔を見せて

「僕は一度、家に戻ってからトレーニングをしていました」

「トレーニング?」

思わず聞き返す。
確かに鍛えている体つきだな、とは思うけれど。

「はい。
僕、バイクのレースに出ているんです。
だから時間があればトレーニングをして体を鍛えています」

あ…。
そういえば。
集配の田中さんが言っていたわ。
藤野君はバイクの運転が上手いって。

「へえ、そうなんだ。
今度、出る時があれば教えてよ。
観に行きたい」

ええっ!!私の口から勝手に言葉が!!
いや、別にバイクなんて興味ないのに。
何言ってるの、私!!

「是非!!来てください。
といってもつい先週に今年の開幕戦は終わってしまったのでまたお知らせしますね」

…こんな少年なら。
きっとファンも多いだろうね。
柔らかい言い回し。
常に笑顔。

「うん、こちらこそ」

うわー!!
私、何約束しているのよ!!

もう、バカー!!!!!
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