忘れたはずの恋
「盗み聞きは良くないですよ」

吉永さんが立ち去ってから僕は隅っこで寝たフリをして休憩している藤野の肩を揺らした。

「…偶然ですよ」

少し拗ねているのか体を起こした藤野は僕と目を合わさない。

「今日も早いですね」

藤野の配達能力には舌を巻く。
たった半年で周りを追い越すくらいの早さ。
もちろん、正確さも。

「今日は物数も少ないです」

とはいえ、まだ誰も帰ってきてない。

「まあ、見ての通り、吉永さんの元カレが来てました」

「そうですか」

藤野がココで初めて見せる、不機嫌そうな顔。
そうですね、面白くないですよね。

「どうして吉永さんみたいに優しい人が傷付けられなくてはいけないんでしょうね」

藤野の問いにちょっと意地悪してみる。

「そんな身勝手な相手をいつまでも想ってるから余計に傷付くんですよ」

藤野の今の顔…。
きっと以前、チームで揉めた時に見せたくらいだろうな。
それくらい、怒っている。

「いい加減、諦めて次に進むべきだと私は思いますけどね」

そして真っ直ぐ、藤野を見つめる。

「君しかいないんですよ、彼女の既存の価値観をぶっ壊して助けられるのは」

「はい?」

顔に沢山のクエスチョンマークが浮かんでいるよ、藤野。

「こんな言い方、卑怯を承知で申し上げると…
今がチャンスです。
吉永さんが弱っている今こそ、チャンスです。
彼女も藤野の事は嫌いじゃない」

そう言って僕は立ち上がった。

藤野がどこまで我慢して吉永さんに食らいつくか。
それしかないと僕は思います。

いつかの僕のように。
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