忘れたはずの恋
嵐の翌日はすっきりと晴れ渡った晩夏の空が広がっていた。
ゆっくりと流れる雲はもう少しすればやってくる秋の空気を含んでいた。

あ、そうか…。

職場に到着して気が付いた。

今日は吉永さんも藤野も休みだ。
スマホを取り出してチェックしても藤野からのメッセージはない。

- 吉永さん、寝ちゃいました。…僕、後ろから抱きしめている形になるんですけど、動かない方が良いですよね? -

それを見た瞬間、早希子さんと僕は目を合わせながら何度も瞬きした。

- それってどういう事? -

そう返してみたけれど。
その後、何も返事はなかった。

まあ、何も連絡がないのは良い事か。

更衣室を出て、僕は大きく深呼吸をした。

「おはようございます。どうしました?」

後ろから急に声が掛かったから驚いて振り返るともう、すでに仕事をしている相馬課長が沢山の書類を抱えて僕を見つめていた。

「…あ」

一瞬、言うかどうか迷ったけれど

「おはようございます。ちょっと寝付けなくて」

とだけ、答えた。



- 昨日は色々とご迷惑をおかけいたしました -

そんな連絡が入ってきたのが昼前の事。
それまではいつでも寝られるような、酷い眠気に襲われていたが、一瞬で吹き飛んだ。

- あの、もしよかったら。今日仕事が終わってからで良いので僕の話、聞いていただけますか? -

その瞬間、僕は早希子さんに電話していた。

「今日、藤野と食事するから夕食、いらないです」

『えー……』

珍しく、早希子さんが渋る。
何かあったのかな。

「ダメなら明日にして貰いますけど」

『えー…』

こっちが、えー!?って言いたいですけどね。

『藤野君…連れてきてよ。私も一緒に話したいな』

「はい?」

『お泊りセットも持参で。明日、一緒に一偉と出勤すればいいじゃない?』

早希子さんが会社の人に対してこんな事を言ったのは初めてだ。
まあ、それくらい僕から聞く、まだ会ったことのない藤野の事を気に入っているんだろうけど。

「彼がどう言うかわかりませんが、一度言ってみます」



- えっ、良いんですか? -

僕はてっきり断ると思っていたのに藤野はあっさりとOKした。

というわけで僕は定時で仕事を終わらせてそのまま車で藤野を迎えに行く事になった。

「今日は早いんですね?」

定時をとっくに過ぎている相馬課長は久しぶりに定時で帰る僕を見てそう言う。

「もう、眠気が酷くて」

何となく、今日藤野に会う事は言ってはいけない気がしてそう言った。

すみません、と内心謝りながら。

「お気をつけて」

「相馬課長もそろそろ仕事、終わってくださいね」

「そうですねー、あと1時間くらいかな」

本当にお疲れ様です。

少し、後ろ髪をひかれながら局を後にした。
< 83 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop