忘れたはずの恋
「そんなことをしたんですか、吉田総括?」

いやー!そんな目を向けないでー!!
藤野にそんな目をされたら、僕、なんだか犯罪者みたいじゃないか。

「早希子さんが抵抗しなかったからです」

もう、開き直るしかない。

「少しでも嫌な素振りを見せたらしませんよ、そんな事。
それに、聞きましたけどね。『嫌?』って」

早希子さん、顔、赤いですよ。

「首を横に振ったから、僕はそのまま…。
って、真菜、さっきから何、藤野の顔を見つめているの?」

真菜がさっきから僕の顔を真剣に見ていた藤野の顔を覗き込んでいる。

「このお兄ちゃんのお名前なあに?」

目をそんなに輝かせても、このお兄ちゃんには…

「ぼく、ふじの こうへいです」

藤野は真菜の方を向いてとびきりの笑顔を見せた。
真菜も嬉しそうに藤野を見て

「こうへいおにいちゃん」

そう言って藤野に抱きつく。
…やっぱり、そうきたか。
きっと真菜好みなんだろうな、と家に帰ってきたときから思っていた。
恥ずかしがっているけれどあの目。
獲物を狙うような目!!!
そんな教育はしていない。
でも、それはその子の個性なんだろう。

「わあっ!!」

藤野は立ち上がり、真菜を抱き上げた。

「真菜ちゃんは今、何歳?」

抱っこしながら藤野は聞く。

「6さい!」

「そっか~。
僕の妹は真菜ちゃんより一つ年下の5歳なんだ」

その瞬間、僕も早希子さんもむせた。
まさかの展開。
ということは。
14歳年下の妹!

「…藤野、こんな事を聞くのはなんだけど」

「両親の年齢ですか?」

藤野は真菜をあやしながらニコニコして僕の質問しようとしていたことを先に口にした。

「父は39です。母は37」

…何と、僕と同年代。

「若い…」

早希子さんなんて頭抱えちゃったよ!!

「父が大学3年、母は高校を卒業してすぐに僕が産まれました。
…色々と大変だったみたいです」

そりゃ、そうだろうね~…

「父は大学生だったけれどももう、自分の会社を経営していたから経済的には大丈夫だったみたいです。
母は…高校3年の途中から妊娠して、学校を辞めるつもりだったけれど。
先生が止めたみたいです。周りに恵まれて高校を卒業しました。
でも…母は今でもそうですけど、色々な意味で乙女で…。父も僕も困惑するんです」

そう言って真菜を抱えながら藤野はスマホを取り出して画面を見せてくれた。

「これが…母なんです」

藤野の隣にはロリータ服を着た可愛らしい女性。
パッと見ると20代前半にしか見えない。
けれど…僕と同い年。

「わー!!可愛い!!」

早希子さんは目を輝かせた。
…藤野のお母さんと何か通じるものでもあるのだろうか。

「時々、カップルを装うんです、僕を使って。
…父さんと出かけたらいいのに。
僕じゃないとダメなんですって。
一体、誰にその体裁を見せるんでしょうね!!」

…いや、これ藤野。
黙っていたら物凄い美男美女カップルにしか見えないよ。

「…でも、これって待ちゆく人皆、振り返るでしょ?」

早希子さん、どストライク。

「ええ、それが僕は嫌です」

「お母さんはそれが目的なのよ」

「…本当に気持ち悪い」

お、藤野が毒舌を。

「実の息子を使ってなんてことをしやがるんだ」

おお、普段見えない藤野が目の前に降臨だ。

「だって、こんな風に並んだらモデルみたいだもの。雑誌の表紙飾れるわよ」

早希子さんの言葉に藤野は大きくため息をついた。

「…やっぱり、今すぐにでも親から完全に独立したいです。
早く結婚して子供を作って。ごくごく普通に過ごしたい」

僕は思わず吹き出してしまった。
不機嫌そうな目をこちらに向けている藤野に言った。

「あのね、レースしている時点でごく普通に過ごすなんて無理だよ。
相当な金を突っ込むから生活も大変だし。
…藤野さ、本当に結婚しようと思ってる?子供も?
本当に覚悟しているの?」

僕はそれを聞きたい、藤野に。

藤野は真菜を下ろすと僕に視線を向けた。

「きっと大変ですね。でも…僕は諦めません。
レースも仕事も…家庭を持つことも。
ただ、結婚しても彼女にも働いてもらわなければ生活できません。
そこはしっかりと話し合いで解決したい。
そしてもし僕を選んでくれたならその事を…絶対に後悔はさせません。
その自信も、覚悟もあります」
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