忘れたはずの恋
あっという間に9月。
まだまだ汗ばむ気温だが空を見上げれば確実に秋は目の前。

僕は今、サーキットにいる。
7月と同じように、僕と相馬課長と吉永さんと。



「…ここで一つ、賭けをしていいですか?」

先日、藤野と4人で食事した時。

「次のサンデーで優勝したら…吉永さん、僕と付き合ってください」

などと藤野が賭けに出た。

だからその結果を見に再び、このサーキットへ来たんだが。

「負けたらご縁がなかった、という事です。
その時は潔く諦めます」

藤野はそう言い切った。

僕としては賭けも何も。
二人は両思いなんだから付き合えばいいのに。
どちらも引くに引けない状態になっている。

退路を断った藤野の目。
それは遠い昔、自分もしていた目。
集中している証拠だ。

予選はなんとトップ。
ポールポジション獲得。
本番に強い、というかなんというか。
本当に凄い奴だ。



「あ、来てくださってありがとうございます」

吉永さんの前に藤野が立つ。
吉永さんは慌てて顔を上げた。
見つめ合うお互いの視線は…本当に柔らかい物で。
絵になるよな、この二人。

「…約束、覚えてます?」

藤野は念を押した。

「もし、勝ったら守ってくださいね?」

本当に守ってあげてくださいね、吉永さん。

「藤野頑張れ~」

僕がそういうと藤野は軽くガッツポーズ。
そうだね、ここまで来たら勝つしかない。

それしかないんだ。


レースが始まると吉永さんは藤野と8耐を一緒に走ったむっちゃんとどこかに消えた。
僕と相馬課長はそこから離れて見やすい場所に移動。

「ライダーの立場から見て今の藤野、どう思う?」

相馬課長にそう聞かれて

「勢いがあるのでこのままいけば勝てると思いますよ」

2位との差がどんどん開いていく。
藤野、これだけ走れるなら全日本も良い結果が出るんじゃないだろうか。
けれど、それだけ速い、という事は。
周回遅れが出てくる。

本当に最後の最後で。

あと1周でレースが終わるのに。
大きな砂埃が目の前で上がった。
バックマーカーとの接触。
藤野はすぐさま立っていたので怪我は大したことがない、というのはわかったけれど。

もう無理だと僕は察した。
エンジンを掛けようと藤野は試みるが、掛からない。
天を見上げて首を振った藤野。

胸が張り裂けそうになった。

藤野はもう、これ以上。
吉永さんを追いかける事はない。

痛いくらいに藤野の気持ちが自分の中に入ってくる感じがした。
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