風の子坂を駆けぬけて
「ちゆー、知らなかった?」
ふっと我に返ると声を出すのもままならず、とっさに首を振った。
てっきり知られていないことだと思い込んでいただけに、何故だか茫然としてしまう知優。
知優が健を好きなこと、明日香も健が好きだということも沙耶は知っていた。
頭で整理していくうちに、知優は段々恥ずかしくなってくるのだった。
「でもさ、最近あっちんは丹羽君と一緒にいるよね。健君のことはどうなんだろうね」
「そーいうさーちゃんは、好きな人、いないの?」
まるで他人事のように彼女が言うものだから、知優はすかさずつっこんだ。
「……」
(ま、まさかの黙秘?)
「さーちゃん?」
眉をしかめ、難しい顔をする沙耶。
「いないでーす。今はね、漫画の方が好きだからね」
「ふーん」
ほんの少し期待した分、知優は落胆した。
先生の残り時間を伝える声が聞こえ、再び今度はまじめにキャンバスに2人は向き直る。
いつも沙耶とは漫画や絵の描き方の話ばかりで、恋バナはしたことがなかった。
それだけに、何だか新鮮に感じて楽しいと思うのだった。
胡桃とのことや、明日香の恋の行方など、気になることは山積みだったけれど。