風の子坂を駆けぬけて
看板の当たりで一旦立ち止まると、丹羽は遠くまで見渡した。
一面のコスモスが無邪気に風に揺れている光景だけが広がる。
丹羽はさっき知優を見かけた場所まで行ってみることにした。
走りこんで角を曲がった瞬間、丹羽は一瞬で肩を撫で下ろす。
視界に飛び込んできたのは、ショートカットヘアでパーカー姿の華奢な女の子の後ろ姿。
「……ったく」
呼吸を整えながら、すぅっと深くゆっくり息を吸い込むと、彼女の名前を叫んだ。
「樋野ー!」
風がやんだように、時が止まったように、彼の少し掠れ気味の声がまっすぐ彼女へ向けて解き放たれた。
ハッとして振り向き、彼女はきょとんとしてから泣き出しそうな表情へと変わる。
そんな姿に丹羽の心はぎゅうっと、何かに掴まれたような感覚に襲われ、再び走り出していた。
2人は同時に駆け寄り、一定の距離を取る。
「……」
「……」
ほっとしたのも束の間。
迷ったあげく、迎えにきてくれたのが彼であったこと。
知優はそのことが嬉しくもあり、やはり恥ずかしくもあった。
「早く、戻ろう。みんな待ってるから」
たじろぐ彼女を丹羽は誘導するように言う。
「うん……」
涙はかろうじて零れずに済んだが、明らかに鼻声だった。