風の子坂を駆けぬけて
「これ、昨日までだった。忘れてた」
言葉少なにそう言い、すぐに出ていくかと思ったら、さも当たり前のようにカウンターに腰かけた。
予想外の行動に怪訝な顔になる知優。
「どうかした?」
「いや、まだ時間かかるの?当番」
「あと15分くらいしたら帰るかな。今日はもう誰も来ないと思うし」
「そっか。あのさ、あれ、見せて」
「あれって?」
「……漫画。描いてただろ、ノートに」
「ああ、あれか。え、でも、それはちょっと…」
「見たい」
茶化しにかかる健とは打って変わって、大真面目な眼差しは嘘がないようだった。
しぶしぶランドセルから落書き帳を差し出す。
「当番終わるまで読んでるわ」
「はあ」
生返事をしてしまう程、置かれている状況が理解できない知優。
箱に入っている貸出カードの向きを意味なくやたらと直しつつ、ちらちらと彼の様子を窺った。
表情は変わらず、真剣に読み進めていた。
落書き帳にはいくつか漫画を描いていた。
休み時間や家にいる間、コツコツと地道に進めていたのだ。
それを彼は知っていたとは驚きだった。
図書室を出る間際、彼はおもむろに彼女にこう言った。
「続き書いたらまた読ませて」と。
予想外の出来事は次から次へと知優に巻き起こった。