風の子坂を駆けぬけて
「わかった、いつになるか分からないけど……」
2人きりの空間は、きっとあの日以来だ。
思い出さずにいられない。
何か話さなきゃ、何か言わなきゃ、そう焦るもすぐには出てこない。
でもあの日言えなかったことが彼女は一つあった。
「に、丹羽君。あの、」
「何?」
すらりとした背格好は同い年とはもはや思えない程で、大人っぽい雰囲気を実感し、出かかった言葉がついつかえる。
短く深呼吸し、勇気を振り絞る。
「……修学旅行の時、探しに来てくれて、ありがとう」
まるで短歌のように区切りながら、やっとの思いで言葉を発した。
「おう」
彼からの返事はそれだけ。
とても勇気を出したのに、それだけだった。
しかもすぐに颯爽と走って帰っていくというあっけなさ。
知優は一気に肩の力が抜け、へなへなと図書室のドアに手をついた。
でも今までで一番長く話せたことは確かで、漫画を読んでもらえたことや、ありがとうを言えたことも重なり、ふつふつと嬉しさがこみ上げた。
この気持ちを今すぐに伝えたい、話したい、聞いてもらいたいと浮き足立ち、真っ先に胡桃の顔が浮かんだが、すぐに掻き消した。
はっきりしない今の自分の気持ちのままでは何も言えないと、そう思ったのだった。