金魚鉢には金魚がいない
 当時はまだ、プチ家出なんて不粋なんて言葉もあまり主流にはなっていない時期だった。それでも警察は思春期の娘の蒸発にかまってる暇などないらしく、定期的に義務的な連絡をよこすばかりだった。

 姉の部屋の隅に小皿に盛られた妙な塩が置かれはじめたのも、母が更に不可解な事を言い始めたのも、確かそんな秋の始まりだったように思う。

 「玄関の近くの部屋はよくないんだって。あの部屋は、風水からして位置が悪いのよ。」
 真面目な顔で言う母に、私はなんだか悲しくなった。
 そんなのがでまかせだとは言わないが、幽霊は信じる質でも迷信めいたものを一切信じなかった母が、すがりにすがったものが、そんなたわいもないまやかしである事に私はなんとなく愕然としたのだ。
 「不気味だよ、あの塩。」私が言うと、母は曖昧に微笑んでから、「そうかなぁ。」などと言うだけだった。           ただでさえ紅葉深まるこんな切ない季節に、私たち家族はただ毎日を曖昧に誤魔化して過ごす他なかった。助け合う事も、言い合う事もなく、ただひたすらに夜を越え、朝を迎える。

 私は何か大切な事を忘れている…
そう思えてならなかった。
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