キミの笑顔が見たいだけ。
「ぅ……んっ」
「な……つ!おい」
「う……っ」
「菜都!」
誰かに肩を揺さぶられた気がして、パッと目を開いた。
ボヤける視界の中に輪郭の曖昧な人影が浮かぶ。
だ、誰……?
「あた、し……生きてる……?」
「菜都……寝ぼけてんのか?俺だって」
「か、海生(かい)……?」
「そうだよ」
意識がはっきりしてくると、だんだん居場所がわかって来た。
ここは自分ちの和室だ。
目の前にいるのは弟の海生で、窓の外はすでに真っ暗。
雨が窓を激しく打ち付ける音が聞こえる。
まだ降ってるのか……。
「あた、し……どうなったの?」
「ずぶ濡れになりながら、男に支えられて帰って来ただろ。覚えてないのかよ」
「そ、そうだ……あたし、矢沢君に送ってもらって」
それで……。
途中まで頑張って歩いていた記憶はあるけど、家にたどり着いた時のことは全然覚えてない。
ど、どうしよう……。
「や、矢沢君は……?」
「タオルと着替え貸しといた。あと、菜都の傘も」
「もう……帰っちゃった?」
「うん」
「そっか……」
そりゃそうだよね、もう時間が遅いもん。
迷惑、かけちゃったな。
「って、矢沢君にあたしの傘を貸したの?」
「ってか、菜都の傘しか貸せるのがなかったし」
「えぇ?バカァ……ハート柄の傘なんて、矢沢君に悪いじゃん」
「仕方ないだろ、それしかなかったんだから。あんなガキっぽい柄の傘を買った菜都が悪い」
もう……。
「って、ちょっと待って!あたし、制服じゃないし……!いつの間に着替えたの?」
「あー、それは俺とさっきの男で頑張った」
「ええっ……!?あ、ありえないんだけどっ!」
ってことは、矢沢君に下着とか見られたってこと?
キャー、ムリムリ!
ありえない!
恥ずかしすぎて、もう顔を合わせられないよ。
ああ……もう。
海生のバカァ……。
「ははっ、冗談だっつーの。着替えはナオにお願いしたから大丈夫」
「ほ、ほんと?」
「うん。ちょうどナオも帰ってきたところだったし」
「そっか。なら、よかったぁ……」
矢沢君に見られたわけじゃなかったんだ。
ひとまず安心。
ナオちゃんとは、隣の家に住む海生と同級生の女の子のこと。
あたしが高校生になってから会う機会は減ったけど、時々海生からナオちゃんの話を聞くから毎日会っているような身近な感覚がする。
とにかく可愛くて、妹みたいな存在なの。