現場系男子にご用心!?【長編改訂版】
始業五分前のベルが鳴り、重い腰を上げて個室から出る。
すると、手洗い場の鏡の前で、化粧を直している事務の秋元(あきもと)さんがいた。
「あら、真壁さん。入ってたの?音がしないから誰もいないかと思ってたから、びっくりしちゃったわ」
秋元さんは今年で四十歳になる(らしい)。
詳しい年は教えてくれないので、実際はいくつかわからない。
見た目は四十歳とは思えないほど肌の艶も良く、とても美人である。
ちなみにシングルマザーで、五年ほど前に離婚したそうだ。
それも全て人から聞いたものなので、定かではない。
「ちょっと瞑想してました。驚かしてしまってごめんなさい」
「フフッ、瞑想って。なにそれ」
秋元さんは笑いながら、シュッとアトマイザーの香水をふりかけた。
辺りにバラのいい香りが漂う。
ああ、女性らしいとてもいい匂い。
工業用の油臭い私とは偉い違いだわ。
その香りを嗅ぎながら、私は手を洗おうと蛇口を捻った。
「そういえば、岡田さんと付き合っているんですって?」
そう言われて、動きが止まってしまう。
うわ!秋元さんにまで知れ渡っている。
……ってことはこの工場のほとんどが、その噂を聞いちゃってるってことじゃないか。
最悪だ。
本当に最悪。
これからどうやってここで仕事していけばいいんだ。
「えっとですね、その話は少し違ってまして……」
「私があと十歳若かったらモーションかけていたんだけど。残念、彼まだ二十代だもんね。さすがにこの年増じゃ無理よね。仕方ないから譲ってあげるわ、頑張ってね」
譲るって、むしろ譲りたいのですが。
モーションをかけていただきたい。
頑張ってと言われても……。
「じゃあね、真壁さん」
秋元さんはそう言うと化粧品のポーチを手に持ち、トイレから出て行った。
じゃああ、と水の流れる音が響く。
すぐ近くの壁には「節水」と書かれた紙が貼られているが、気になどならなかった。
誤解された状況で、どう仕事していけばいいのか、
それだけがぐるぐると、頭の中を駆け巡っていた。