春の扉 ~この手を離すとき~
その夜、何度か健太郎くんからの着信があったけれど。
たとえそれが“謝り”の電話だったとしても『許す』なんて言えない。
わたしは話す気にはなれなくて、電話に出ることはしなかった。
着信音すら聞きたくなくて、5回目の着信でスマホの電源を切って机に伏せた。
「痛っ、」
スマホを伏せた右手にピリッと痛みが走る。
感触を消してしまいたくて洗いすぎた右手の甲は、真っ赤にすれてしまっている。
それを見て、またさっきの感触がよみがえってくる。
本当に嫌だと思った。
付き合っていくのなら、いつかはこういうことになるのだと実感もした。
……でも
『もう大丈夫』
落ちついた微笑みとあたたかな手。
咲久也先生を思い出すと、安心できて。
涙が自然にポロポロと落ちてくる。