春の扉 ~この手を離すとき~
居場所
昇ろうとする朝日を、夜が押し返そうとしているような暗い紫色の空。そしてそんな夜に味方するかのように、黒く重そうな雲が東の空に広がっていた。
「向こうは雪かな」
つぶやく言葉はほわほわと白く煙り、むくんだ目をこするわたしの顔を隠すようにとりまいてきた。
ブーツの底からでも冷たさが伝わってくる歩道は凍りついていて、引っ張っているキャリーバックのキャスターは、ガタガタと弾けきれない固い音を出していた。
昨夜はほとんど眠れなかった。
『寝よう、寝ないと』と思えば思うほど気ばかりが焦ってしまい、ベッドの中で何度も寝返りをうっていた。
眠れない理由は咲久也先生と健太郎くん。
2人のことが頭から離れずに、油断すればどうしようもない気持ちになって涙がにじんでしまう状態で。
考えていたところでなにも変わらないのに。
分かっていながら、でもその繰り返しだった。