春の扉 ~この手を離すとき~

予定通り、お昼前にはおばあちゃんの家に着くことができた。

たった1ヶ月しか経っていないのに、懐かしく感じてしまう。

でも先月とは違い、もう冬景色になっていた。

屋根や門はうっすらと雪がかぶり、庭には猫が通ったみたいで、花のような足跡が雪の上に点々と続いている。
その可愛らしさと寒いのに元気だなと感心して、思わず笑ってしまった。

今は太陽が出ていて良い天気だから、雪も足跡もすぐに解けてしまいそうだけれど。


玄関の扉を開けると、おばあちゃん家の匂いがわたしを迎えてくれる。


落ち着く匂い。


住んでいるときは気がつかなかったのに。

でもそれは、もうここには住んではいないのだと実感して寂しくなることでもあるのだけれど。



「おばあちゃん、ただいま」


誰もいないのは分かっている。
返事が欲しくて言っているわけじゃない。

やっぱりここがわたしの実家だし、本当の居場所だから。

マンションだと『ただいま』って言うことすら忘れてしまっているのに。

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