春の扉 ~この手を離すとき~

「相変わらずお仕事がんばってるんかね。本当に玉緒ちゃんは感心感心」

「今日はおじさんは? 」


あの人をほめられるのは正直うれしくない。
これだけ子供を放置しているんだから、大好きなお仕事に集中できるのは当たり前のことだし。

わたしは話を反らすためもあって、家の中を覗いたけれど、おじさんの気配がない。
いつもなら顔を見せてくれるのに。


「おじさんは今日は釣り釣り」

「夜には帰ってくるの? 薪をたくさん作ってくれていたからお礼を言いたかったのに」

「薪ぐらい、いいのいいの。うちは松子さんには世話になりっぱなしで感謝してもしきれないんだから。本当に昔から、」


しまった。

このままだと妙子おばさんとおばあちゃんのとっても長い思い出話が始まってしまう。

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