春の扉 ~この手を離すとき~

辺り一面に桜の木々が広がるこの場所で、わたしは1番大きな桜の木に近寄った。

そっと幹に触れると、そこから冬の冷たさが伝わってくる。


「おばあちゃんただいま。……寒くない? 」


わたしが『おばあちゃん』と呼ぶその桜は、ゴツゴツといびつな形をした太い幹のいたるところに苔がくっついていて、とても長い年月をここで生きていることを物語っている。


毎年この季節になると、この木だけじゃなくて周りの若い桜の木々たちも、花はもちろん、葉っぱを1枚もまとっていなくて。

寒さで枯れてしまったんじゃないかっていつも心配になってしまうし、枝に残されて冷たい風に晒されている小さくて堅い蕾が可哀想で仕方ない。


でもそんな心配をするのは無意味だというように、毎年春になると美しい桜の花を咲き誇らしてくれていた。


< 112 / 349 >

この作品をシェア

pagetop