春の扉 ~この手を離すとき~
その人は青白い顔色をしていて、口につけられた透明なマスクが呼吸の度に白く雲っていた。
そして腕と体には何本もチューブや線がくっついていて。
子供心にその人に良くないことが起きているのは分かった。
ピッ……、ピッ……、ピッ……、
一定のリズムで部屋に響くデジタル音が、耳に残ってすごく不快で。
妙子おばさんがわたしの背中をぐいぐいと押してくるけれど、理解できない恐怖を感じて、わたしは1歩も動けなかった。
今思えば、そのときに『死』を感じたのかもしれないけれど。
諦めた妙子おばさんがその人に近寄って、耳元で『美桜ちゃんがきたよ』って話しかけると、薄く目を開けたその人は、わたしを見ると嬉しそうに微笑みを浮かべて。
その微笑みで、そこに寝ているのがおばあちゃんだって分かった。
それでやっとわたしは、おばあちゃんの側に近づくことができた。