春の扉 ~この手を離すとき~
「……ありがとうございます」
「だから僕は何も見てはいないよ。それよりほら、花が咲いた」
ホッとするわたしに、咲久也先生は視線で上を見るようにうながしてきた。
花? 真冬なのに?
枯れ葉すら残ってないのに?
咲いているはずはないと分かってはいるけど、先生の視線を追って枝を見上げた。
「ほら、すぐそこ。そこにも」
先生の目線の先には、舞い降ってきた白い雪が固く閉じられている桜の蕾をかざっていた。
ほんの一瞬で消えていってしまうけれど、別の雪が次々と、蕾や枝に花を咲かせていく。
「本当、……きれいですね」
「……ね? 」
首をかしげながら微笑む先生にドキッとしてしまう。
「美桜の髪にも咲いてるよ。……とても似合ってる」
そんなことを言われたら何も言えなくなってしまう。
わたしは聞こえなかったふりをすると、恥ずかしさをごまかすために、桜の木に新しく咲く花を探すしかなかった。