春の扉 ~この手を離すとき~
でもたまに作業で手が触れてしまったときや目があってしまったときは、どうしていいのか分からなくなって戸惑ってしまう。
そして戸惑っている姿を見られたくなくて、恥ずかしくて、うつむくしかない。
そんなわたしに先生はいつもふふっと優しく笑ってくれていた。
ドキドキしてしまう気持ちを見透かされているというか、余裕があるというか。
そこは少しだけ悔しいかも。
ただ先生は時々、
『あのね、美桜……』
そう言いかけて言葉を止めるときがあった。
その表情は桜の木に触れたときと同じ。
『寒くない? 』
と聞いてきたときと同じ表情で……。
気にはなるけれど、きっと無理に聞きだすことじゃないような気がして。
わたしからは何も聞かずに、いつか話してくれるのを待つことにした。