春の扉 ~この手を離すとき~

「健太郎、もう少し言葉を考えて使いなさいよ」


眉間にシワをよせた智香がすぐに注意をしてくれた。

でも智香に怒られることは慣れきってしまっているのか、健太郎くんは全く悪びれた様子もなく話を続ける。


「でも美桜のばあちゃんさ、彼氏と過ごせって絶対天国で思ってるって。な? 」

「そういうことじゃなくて……」


強引な言い方に、さすがにわたしは言葉に詰まってしまった。

どう説明すればいいんだろう。
健太郎くんがイブにこだわる以上に、わたしにはもっと大事な日だということが全く伝わらない。


「痛っ! 智香なにすんだよ」


智香がテーブルの下で健太郎くんを蹴ったっぽい。
でも智香は素知らぬふりでノートをめくりはじめ、文乃と純輔も急に参考書に向かって問題を解きはじめた。


少しだけ気分がすっとしたわたしは、

『ありがとう』

と心のなかでつぶやいた。



それにしても……『彼氏』か。

わたしはまだ友達とも思っていないのに。










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