春の扉 ~この手を離すとき~
「美桜、……美桜、」
「……え? 」
いつのまにか意識が思い出の中に入ってしまっていた。
わたしを呼び戻した咲久也先生は、わたしから視線を外して前を見た。
「申し上げにくいんだけれど、お友達が待ってるっぽいんだよね」
「友達? ……ぁ、」
思わず出てしまった声。
小さかったはずだから、聞こえていませんように。
先生の視線の先には、眉をひそめている健太郎くんが立っていた。
この時間は部活中のはずなのに、制服姿の健太郎くんは何か言いたげな顔をしてこっちを見ている。
やだなって気持ちが一番に浮かんだ。
肩で大きく息をはいた健太郎くんは何か決めたように、ずんずんと向かってくる。
その迫力に思わず1歩後ずさりしてしまったわたしの背中を、咲久也先生がぐっと押さえてきた。
見上げた先生は真っ直ぐにわたしを見て、うなずいてくれた。
逃げるなってこと?