春の扉 ~この手を離すとき~
距離
次の日、寝不足なまま教室に入った。
朝練を終えたあとなのか、テンションの高い健太郎くんがわたしの席に座り、周りには文乃たちがいた。
「美桜、おはよー」
「おはよー、みんな今日も朝早いんだね」
声をかけてくる智香に少しだけホッとするけれど、自然体を装おうとしているのが分かる。
「なにその顔、めっちゃ眠そうじゃん」
智香に突っつかれたことで席をわたしに返す気になった健太郎くんが、親しげに話しかけてきた。
昨日別れを伝えたことなんてもう忘れられている、というか無かったかのような笑顔。
「本を読んでいたら朝になってて」
なんて言いながら愛想笑いをしてみた。
でも本当は違う。
智香の気持ちに気づいたことで、また健太郎くんと付き合うことになってしまった。
どうすることもできないことを一晩中考えていただけ。
「ちょっとコーヒーでも買ってこよっかな」
この場にいる気にはなれなくて、わたしはカバンを机にかけると教室を出た。