春の扉 ~この手を離すとき~

運転席に腰かけると先生はメガネをかけた。
その横顔はやっぱりかっこいいし、見とれてしまう。

でもメガネをかけたってことはもう帰ることを意味している。


「じゃ、いこっか」


そう言って先生はハンドルを持った。


……そうだよね。


会えただけですごくうれしかったのに。
もう少し一緒にいたいって思ってしまうわたしは欲張りなのかもしれない。


「…はい」


わたしの返事を聞いてからうなずいた先生。


……なのに、

ハンドルを握ったまま車を動かそうとしなかった。


外灯からの薄い光が、何かを考えるように前をみつめている先生の顔を照らしている。


「……咲久也先生? 」

「あー、ごめんね。本当はすぐに送るべきなんだろうけれど……」


ハンドルから手を離し、シートベルトをはずした先生はくつろぐように座席に背中をつけた。

そしてわたしを見ながらメガネを外すと、苦笑いを浮かべた。
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