春の扉 ~この手を離すとき~

わたしたちの前を通りすぎようとする先生は、すれ違うときに少し長めの視線をくれる。

わたしは恥ずかしさに負けないように頑張って視線を合わせて、小さくうなずいて応える。

いつの間にかこれが2人の気持ちを確かめる合図になっていて、その度にわたしは先生にとって特別なんだっていう安心感が込み上げてくる。


……はずだったんだけれど。


「遠野さん、ちょっといい? 」

「へ? 」


先生は女子生徒をかきわけるとわたしの腕をしっかりと持って、廊下から少し離れた。


「あの、あのっ、」


戸惑うわたしの耳元で先生は小さくささやいた。


「今夜は絶対に1人でくること。……いいね? 」


息が耳に当たってくすぐったくて思わず首をすくめてしまった。

そして先生はわたしの頭に手を置いて『うん』とうなずかせると、


「いい子だね」


とニコっと笑って、面白くなさそうに待っている生徒たちの中に戻っていった。

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