春の扉 ~この手を離すとき~
心が痛くて苦しくて……、
胸をおさえながらうずくまろうとしたときだった。
「美桜っ」
後ろからわたしを呼ぶ声に体がビクッと反応した。
……そんなわけない。
きっと風か何かの音を聞き違えただけ。
でも走ってくる足音とその声を、
……咲久也先生の声を聞き間違うはずなんてなくて。
「美桜っ、」
もう一度叫ぶように呼ばれ、振り返ると同時に後からしっかりと抱きしめられた。
そしてうなだれるように肩に置かれた頭に、呼吸がとまる。
なのに胸は激しく鼓動を始めた。
「やっと、……見つけた」
どうして?
こんなところに咲久也先生がいるはずないのに。
抱きしめられる強さと背中に伝わる安心感、
そして頬にあたる先生の髪は柔らかくてくすぐったくて……
夢じゃないって分かっている。
現実だって分かっている。
でも夢であってほしい。
そうすれば目が覚めたときに
簡単にあきらめることができるのに。