春の扉 ~この手を離すとき~
わたしはつぶやくように月に問いかけた。
「……どうして、ここにいるんですか? 」
「聞かないと分からない? 」
わたしを抱きしめている腕は、もう一度しっかりとわたしを抱きしめなおしてきた。
今でもこんなに苦しいのに、このあたたかさに寄りかかったら、包まれてしまったら、きっともっと苦しくなる。
「……離してください」
「どうして? 僕たちはそんなことは望んではいないはずだよ」
「わたしは、……わたしは咲久也先生に出会ったことを後悔しています」
「……それは、僕も同じだよ」
「じゃあどうして? 」
先生は何も答えずにわたしの首に頭をうずめた。
『後悔』しているのならどうしてここにいるの?
「美桜、……寒い? 」
先生の質問にわたしは静かにうなずいた。
「とても寒いんです。中途半端に手を差しのべるのは可哀想なことって、そう言ったのは先生なのに……」
先生に包まれなければ、こんなに辛い思いに気がつかずにいられたのに。