春の扉 ~この手を離すとき~
「何も聞きたくなんて、」
本当はこのまま寄りかかっていたい。
けれど先生と彼女のあの光景を思い出せば、この腕の中にわたしの居場所なんてない。
「離して」
気持ちを押さえつけると、先生を振り払って立ち上がったけれど……。
そのまま前のめりに崩れ落ちそうになる体は、先生に引き寄せられた。
これ以上はもう限界だったみたい。
わたしは咲久也先生に抱きかかえられると、車まで運ばれた。
「気がつかなくてごめん。すごい熱だね」
シートを倒されて寝かされると先生は着ていたコートをかけてくれた。
寒くて震えの止まらない体には暖かさを感じることができなかったけれど、でも先生の匂いに気持ちが落ち着いた。