春の扉 ~この手を離すとき~
それから、いつのまにか眠ってしまっていたらしくて。
気がつくとまだ車の中で、通りすぎる外灯に照らされる先生の後ろ姿が見える。
……先生、
彼女のところに戻ってなんてうそ
本当はわたしの側にいて欲しい
なのに、……声が出なくて。
伸ばした手は、ハンドルを握っている先生の腕までは届かなかった。
それでも気がついてほしくて、先生の上着の裾をつかもうとしたけれど……。
でも
ここで求めてしまえばきっとこれ以上に苦しくなる。
こんなに側にいるのに……
先生がゆっくりとにじんでいく。
わたしは静かに手を降ろすと、かけられている先生のコートの袖をぎゅっと握った。