春の扉 ~この手を離すとき~

でもこの家にきてからは……。


誰もいないこの家で1人ぼっちで、熱が出てもお腹が痛くても、ただそれが過ぎ去るのを耐えるしかなかった。
あの人は仕事が終わるまでは来てはくれないし。

苦しくて心細くて、このまま死んじゃうのかもしれないって何度も思った。

『死んじゃったらおばあちゃんに会える? 』

なんて変な期待をしたこともあったな。


というかバカみたい。
わたし、どうしてこんなことを思い出しているんだろう。



――― ピッピッピッ


キッチンから電子レンジの音が聞こえ、カチャカチャと食器があたる音が聞こえた。


……先生、いるの?


心の扉を閉めたばかりなのに。
なのに、一気に期待に胸が膨らんでいく。

そして食器の音と一緒に近寄ってくる足音は、部屋の前で止まった。

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