春の扉 ~この手を離すとき~
ノートを広げて授業の進み具合を確かめていると、文乃が天井に向かってため息をついた。
「それより咲久也先生さぁ、」
その名前に胸が大きく鼓動し、わたしは思わず顔をあげた。
「寂しくなったよねー」
……寂しくなったってどういうこと?
「先生、何かあったの? 」
「あれ? 教えなかったっけ? 」
文乃は自分のスマホを確認すると、メッセージを送り忘れていたみたいで手を合わせて頭を下げてきた。
「……それで先生に何かあったの? 」
鼓動がどんどん早くなって、体が揺れてしまいそう。
「そうなんだよ、池じぃがね」
――― ガラガラッ!
「はい、全員席につけー。ホームルームを始めるぞ」
教室の前方の入り口が開いたかと思うと、懐かしいしゃがれた声が聞こえてきた。
教室に入って来たのは、入院しているはずの担任の池田先生だった。