春の扉 ~この手を離すとき~
「でも美桜はこんな時間に何をしているの? 」
「……え? 」
「こんな時間に美桜は何をしているの? 」
わたしの疑問に同じ質問を繰り返す咲久也先生。
でも聞こえなかったわけじゃなくて……
「……あの、『美桜』って」
「違うの? 僕のクラスの美桜でしょ? 遠野 美桜だよね」
やっぱり名字でなく、名前で呼ばれている。
思わずドキッとしてしまった。
手を差し出している先生は、優しい笑顔をわたしに向けているけれど。
その笑顔がくすぐったく、そしてその手を取っていいのか分からずに、わたしは固まってしまった。
だってこんなことをされた経験がないから。
先生は戸惑っているわたしを見ながら、ふふっと小さく息をはくように笑うと、わたしの腕をぐいっと引っ張りあげて立たせてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「礼を言ったのは僕なんだけれどね? 」
……確かに。