春の扉 ~この手を離すとき~

待ち合わせの場所についたとき、そこには一人の女性が立っていた。


その人を見て、わたしの足はピタリと止まってしまった。


間違うわけがない。
あの日、先生と一緒にいた人。
先生を抱きしめていた女の人。


その光景を思い出すと、胸の中が一気にかき乱されていく。


ああそっか。
ここで先生と待ち合わせしているのは、わたしではなくてあの女の人なんだ。



たった今まで“会いたい”と願っていた強い思いが、突風に風に吹かれた落ち葉のように一瞬で散らばっていった。


こんな虚しい思いをするために来たんじゃないのに。



……早く帰らないと


咲久也先生とあの女の人が一緒にいるところなんて、もう2度と見たくはない。
先生が来る前に立ち去ろうと、今来た道を戻ろうすると


「やっと来た。あなた美桜でしょう? 」


と背中に声をかけられた。



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