春の扉 ~この手を離すとき~
「それで先生とあの人のことなんだけれどね……」
「うん」
さっそく本題がやってきて、智香は少し前屈みに。
つられてわたしも同じように近づいた。
『咲久也先生』『詩織』とは呼ばず、小声で話してくるのは周囲を気にしての智香の心遣いなんだと思う。
どこで誰が誰と繋がっているかなんて分からないから。
「……美桜、寝不足な顔をしてる。……考えすぎた? 」
「うん。全然眠れなかった」
ははっとごまかすわたしの顔をじっと見た智香は、“仕方ないな”という感じで軽くため息をついた。
「では本題に入ります。……あの人、とにかく泣きっぱなしであんまりよく分からなかったんだけれどね」
智香はうなだれると、記憶を蹴散らすかのように頭をぶんぶんと横に振った。
その様子で、よっぽど大変だったことが想像できる。