春の扉 ~この手を離すとき~
「だからね? いいとか悪いとか、そういうことじゃないんだよね。万が一、美桜に何かあれば僕の立場が悪くなるから」
そこに念を押されると少し寂しくなるけれど。
「じゃあ、送ってあげてください」
「はい、どうぞ」
納得顔の先生に一礼して、わたしは助手席に座った。
車の中は何の飾り気もなくシンプルで、芳香剤は爽やかな香りだった。
ちらっと見えた後部座席には、いくつか本が散らばっている。
なにを読んでいるんだろうと気にはなったけれど、あんまりジロジロと見るのも感じ悪いだろし。
それにしても、咲久也先生に家まで送ってもらえるなんてラッキーだと思う。
明日、文乃と智香に自慢しちゃおうかな、なんて考えも浮かんだけれど。
でも、会話がなくなって車内が気まずい空気になったらどうしようとも思ってしまう。