春の扉 ~この手を離すとき~
手紙が入っているかもしれないウロを覗く前に、わたしは祈るように、桜の幹におでこをつけた。
幹の冷たさが伝わってくる。
「あなたは咲久也先生を知っているんだよね。……お願い、咲久也先生のことを教えて」
もしかして手紙はまだないかもしれない。
それに手紙があったとしても、こんなに都合よく先生のことを教えてくれる不思議なことなんて、起こるわけない。
そんなことは分かっているけれど。
……お願い
もう一度強く願うと、わたしはウロへと目をやった。
そこにはいつもの白い封筒が置いてあった。
「……ありがとう」
桜の木を見上げて心からの感謝を伝えると、わたしは手紙へと手を伸ばした。
封を開けよう裏返して、わたしは目を疑った。
これまで何も書かれることのなかった封筒に『咲久也』と名前が記してある。
なに? ……どういうことなの?
先生がここに来たというの?