春の扉 ~この手を離すとき~

手紙が入っているかもしれないウロを覗く前に、わたしは祈るように、桜の幹におでこをつけた。

幹の冷たさが伝わってくる。


「あなたは咲久也先生を知っているんだよね。……お願い、咲久也先生のことを教えて」



もしかして手紙はまだないかもしれない。
それに手紙があったとしても、こんなに都合よく先生のことを教えてくれる不思議なことなんて、起こるわけない。
そんなことは分かっているけれど。


……お願い


もう一度強く願うと、わたしはウロへと目をやった。

そこにはいつもの白い封筒が置いてあった。


「……ありがとう」



桜の木を見上げて心からの感謝を伝えると、わたしは手紙へと手を伸ばした。


封を開けよう裏返して、わたしは目を疑った。


これまで何も書かれることのなかった封筒に『咲久也』と名前が記してある。


なに? ……どういうことなの?

先生がここに来たというの?


< 321 / 349 >

この作品をシェア

pagetop