春の扉 ~この手を離すとき~
――― 桜の君へ
美桜、ずっと隠していてごめん。
そして黙っていてごめんね。
直接伝えるべきことなのだけれど。
僕たちはね、子供の頃に何度か会ったことがあるんだよ。
人懐っこくて少しわがままで天真爛漫な美桜は、僕には妹のようで可愛くて仕方がなかった。
けれど8年前、美桜のお祖母さんが事故で亡くなった。
あれはね、僕のことをかばってくれたからだったんだ。
美桜を残すことになったお祖母さんと、残された美桜の気持ち思うと申し訳なくて、けれどどう償えばいいのか分からなかった。
そんな時、この桜の木に呼ばれたような気がしてね。
訪れると、小さな美桜が一人で泣いている姿を目にしたんだ。
謝りたかったはずなのに、僕は美桜の側に寄る事も声をかける勇気も出なかった。
手紙を置いたのは、少しでも美桜のために何かしてあげたい、償いたいと思ったから。
名乗らないことは心苦しかったけれど、それが美桜のためだと信じていたし、少しずつ明るさを取り戻していく美桜を感じて僕は満足していた。
けれど偶然に再会をして美桜の寂しさを知った時、これまで僕がしてきた事は自己満足でしかなかったという事に気がついた。