春の扉 ~この手を離すとき~
『冬の寒さを知らなければ、桜の花は美しく咲くことができない』
2人で学校の桜の木に触れた時にね、美桜のお祖母さんからそう教えてもらった事を思い出してね。
その言葉はまさに僕たちのような気がしている。
僕たちは何年も寒い冬の中にいるのかもしれないってね。
けれど、出会えた事で僕たちは春が近いことを感じたはずだよ。
そして春を迎えるために桜の蕾が膨らむように、過去を握りしめているこの手を離してもいいんだと教えてくれた。
僕は自分のために自分の人生を生きるべきだと。
僕はまた、美桜のお祖母さんに救われたようだね。
僕のいない間、きっと美桜は寂しい思いをするんだろうね。
もちろんそれは僕も同じだよ。
僕に美桜が必要であるように、美桜には僕が必要だという事は分かっている。
けれど……
僕がいないと幸せになれない美桜にはならないで。
泣いてもいい。振り返ってもいい。
でも泣き終わったらきちんと涙を拭って。
涙で霞んでいた景色の中に、見落としていた大切なものがきっと見つかるはずだから。
僕は僕の為に少しここを離れるけれど、必ず美桜の元に帰ってくる。
その時、一緒に春の扉を開けよう。
咲久也