春の扉 ~この手を離すとき~

「裕一くんがね……、美桜ちゃんのお父さんが亡くなったときに『一人で育てるのは大変だろうから』って産まれたばかりの美桜ちゃんを松子さんが預かったんよ。松子さんは『生活が安定するまで』って手助けのつもりだったけどね」

「でも、それってお母さんは……」

「そう、夫と死別して子供とも一緒にいられんなんて酷なことやね」


妙子おばさんはうんとゆっくりうなずいた。


「玉緒ちゃんからすれば遠野家の跡継ぎとして美桜ちゃんを奪われたと感じたみたいやね。『必ず取り返す』って、そりゃあ休みもせずに必死に働いたんよ」


わたしは湯飲みを両手でぎゅっと握りしめた。
冷たかった指先がじんわりとした熱を帯びてくる。


そんなことがあったなんて。


それであの人はおばあちゃんを毛嫌いするようになったんだ。
なのにわたしは“仕事が大事だからおばあちゃんにわたしを預けていた”と、ずっとそう思っていた……。


『必ず取り返す』……か。


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