春の扉 ~この手を離すとき~

「あのね、咲久也って人を知ってる? 」

「……さくや? 」

「昔、一緒にお花見をしていた男の子なんだけれど覚えていない?」


首をかしげて“さくや”を思い出そうとしていたおばさんは、何かに気がついて「……あっ」と小さく一言もらした。


「知っているのね? 」


わたしは姿勢を戻すと、おばさんに向き合った。



「春永 咲久也くんのことかね?」


こんなに近くに咲久也先生を覚えている人がいた。
わたしが“うん”とうなずくと、なぜか妙子おばさんは涙ぐみはじめた。


「おばさんが覚えている咲久也先生のこと、聞かせて? 」

「その『先生』ってなんね? 」

「少し前までわたしの学校の先生だったの。海外に留学しちゃうらしいんだけれど」

「あぁ、そうねそうね。あの子は先生になったんかね」


おばさんは指で雑に涙を拭き取ると、しみじみとため息をついた。
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