春の扉 ~この手を離すとき~
「そんなものないです。わたしは現実を見ていますから」
思い出を否定したくて、わたしは答えた。
「……へぇ、そうなんだ。しっかりしているんだね。僕とは正反対だ」
しっかり……
というよりは、冷めているという方が当てはまる気がするけれど。
「咲久也先生は何を願うのですか? 」
「……願ったところで叶わないんだよね。だから叶えてあげたいと思う」
咲久也先生の叶わない願い?
叶えてあげたい?
なんだかよく分からないけれど。
でも聞いてはいけないような気がする。
空を見上げたままの先生は、飛行機よりも空よりも、もっとずっと遠くを見ているみたいだった。
「あ、聞いてもだめだよ。教えるつもりはないんだよね」
少し悲しげに笑った先生は助手席の扉をやさしく閉めた。