春の扉 ~この手を離すとき~

「ほら、時間ないんだから早くしてよっ」

「だから1人で行けるって言ったのに」


笑顔で怒っているお母さん。
『子供じゃないんだから高校の卒業式なんて来なくていい』
って言ったのに無理に仕事を休んできて。
なのに会社から緊急の呼び出しがかかったらしくって。

それでも『駅まで送る』と言い張ってきかない。



「美桜見て。桜がきれい」

「うん。卒業式に合わせて咲いてくれた感じがするね」


駅へ向かいながら道沿いの桜の木を見上げるお母さん。
並んで歩くのなんて何年ぶりなんだろう。
もう身長もほとんど変わらなくなっているし。


「……ねぇ美桜? 」

「なに? 」


何かを言いたげに、少し口ごもりながらお母さんはわたしを見た。


「……あなたと暮らしたいって言ったら迷惑かしら」

「……え? 」


お母さんの突然の申し出を、わたしはすぐには理解できなかった。

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